「オレはお前たちの物語にはならない」が刺さった最終話/ドラマ『MIU404』|ぶんぶんどー|note (1)

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金曜日の夜は、さまざまな人が感想をなぐり呟く現象が起こっていた。
こちらが、希望のない人生だったと思い込んでいた被害者・青池透子のひと筋の光、伊吹の恩人・ガマさんがボーダーを越えたスイッチ、善意と悪意に翻弄され見えない敵と闘う正義……。混沌とした社会を撫でくりまわすようなドラマだった。
それでもこのドラマの根底にある希望とやさしさは、同じく野木亜紀子さんが脚本を手がけた『コタキ兄弟と四苦八苦』で体感したものと同じなのではないか、と思った。
(以下、最終話のネタバレ含みます)
先週から怒濤の展開に頭が追いつかず、ついていくのに必死だった(汗)。ゲストで登場したはずの久住(菅田将暉さん)が、最後までこんなにジョーカーぶりを発揮するなんて。
こっちの心臓がもげそうになったバッドエンドの展開に、ちょっと「えっ? そういうこと? なーんだ……」と引いちゃった自分がいたけれど(私だけなのかもしれないが)、陣馬さんと九ちゃんの分岐点、そこからのスイッチで一気に逆転。伊吹の走り(さすが箱根駅伝大好き・綾野剛さん)と志摩・九ちゃんの連係プレーで久住を追い詰めたところから、まさかの頭ゴーン!! だけど久住がその思惑に加担させようとした「クズ」仲間は、みんなラリッて使いものにならなかった。因果応報ってやつ。
逮捕の瞬間、久住の瞳に血が通い、みるみるうちに表情が変わった場面は鳥肌が立ってしまった。彼は、「久住」という孤独からやっと解放されたのだと思った。そこからの志摩の台詞「生きて、俺たちと一緒に苦しめ」。
久住は一体何者なのか? 自分の生い立ちや過去を相手にあわせて紡ぎ出し、彼らの懐にするりと入りこむ。自らの手をできるだけ汚さずに犯罪を繰り返し、それを醒めた目で見つめる。久住は一体何者になりたかったのか?
最終話では、自分を含めてドラマを観ている全員が、久住の台詞ひとつひとつに彼が生きてきた日々を連想し、「きっとこういう人間」と考察しまくっただろう。そのことをまるであざ笑うような、「オレはお前たちの物語にはならない」という彼の台詞。久住だけの時間軸があるのだ。
何が本当で、本当でないのか。 何が善で、善でないのか。 何が正義で、正義でないのか。
私は「久住」という人間は人生への絶望から生まれ、捕まってようやく彼自身が「久住」から解放されたと考察したけれど、当の本人からすれば「それはお前たちの物語」なのだろう。まさにドラマと現実の世界線が繋がった瞬間だ。
彼は絶望なんかしてなかったのかもしれないし、私の考察通り絶望しかない人生だったのかもしれない。誰にもわからない。彼の真実はどこにも見つからない。
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相手に向き合っていたつもりでも、本当のことなんてこれっぽっちも無いのかもしれない。人はいつも孤独だ。
それでも、手を取り合うチャンスが数多にある。自分ではどうすることもできないところから、引っ張り出してくれる人がいる。ハムちゃんや成川が、桔梗さんや九ちゃんに引っ張り出されたように。差しのべられたその手を掴むのも掴まないのも当人次第だけれど、やり直したいと思っている人がやり直せる社会でありたい。希望のある社会でありたい。
何が言いたいかというと、とにかく4機捜、最高だったな! 熱のこもったレギュラー陣もゲストの俳優さんたちも。そして、そして、九ちゃんこと岡田健史くん、いつの間にこんな役者然としたのかーーー。『中学聖日記』の黒岩くんから時間が止まっててごめん! 本当はNHKの時代劇『大江戸もののけ物語』を観たかったんだけど、わが家は諸事情でBSが映らないのよ……。もし総合で再放送があったら必ず観よう。
『MIU404』を観終わって、「コノヤロー、世界を変えた見えない敵に負けんぞ、オレは!」って気に俄然なってきた(今さらだけど……笑)。
ところで、先日『コンフィデンスマン.JP プリンセス編』を観に行ったら、野木さん脚本の映画『罪の声』の予告に遭遇した。小栗旬さん×星野源さん。こちらも楽しみにしておこう。